〜曳山まにあ・おじゃがの独り言〜 その6
唐津くんち誕生


今年で唐津市は70年になるらしかですね。

ちょうど10年前、市政60周年祭と一緒に
くんち400年祭のあったとば皆さん覚えとらすやろうか?
オイ的にはものすご不満のあるとです。

今の410年前は1592年、ちょうど朝鮮出兵の時期位のハズです。
太閤さんばお出迎えしたとがルーツて言われよりますが、
とても祭りとかそげなダンじゃ無かったことかと思います。

更に唐津城は潰した名護屋城の材料ば使うて築城しとります。
『唐津』ちゅう地名はあったはず(唐津神社が既にあるから)ばってんが
唐津は城下町、町は存在せんで大石村のあっただけのはずです。
大石村は勿論後の大石町のコツばい。

勿論城下町の唐津くんちは存在するハズのなかとです。
また唐津地方の領主は波多三河守、1593年にお取り潰しになっちょります。
いよいよくんちムードには程遠かごたるです。

いったい唐津くんちは何時から?さぁ、さっぱり不明ですちゅうトコがオイの本音です。
ちゅうことで次回に持ち越し・・・

『何を部外者が!!』と思われるかもしれませんが、曳山関係の方、私的には
以上の事の為唐津くんち400周年は当時の関係者の勇み足だったと思います。
きっと真剣に唐津くんちを盛り上げる為の400周年だったかと思いますが、
真剣なればこそもう少し思慮深くいくべきだったかと思います。
古館正右衛門翁が生きていればこんな事にはならなかったと・・・

もしも曳山関係の偉いサンが見られたら御一考願います。
(生意気な事を言い出して申し訳ありません。ただ部外者ながら真剣にくんちが好きだから・・・)

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